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『超訳 ニーチェの言葉』から学ぶ、知についての世界観

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『超訳 ニーチェの言葉』(フリードリヒ・ニーチェ著 白取春彦編訳)の『知について』から、
2つ文章を紹介し、自分の考えを書いていきたいと思います。


勉強はよく生きることの土台となる
たとえば、与えられた約束を理解して守り続けるためには、充分
な理解力と記憶力が必要になる。この理解力と記憶力は、鍛錬されて獲
得できる知性の一部だ。
相手に対して、あるいは遠くの誰かに対して同情を持ちうるためには、
充分な想像力が必要となる。想像力もまた、知性の立派な一部だ。
こういうふうにして、人間的な倫理や道徳というものは、知性と強く
結ばれている。そして、知識のない知性というものはありえない。
したがって、何の役にも立たなそうに見える今の勉強ひとつでさえ、
自分が人間としてよく生きていくことの土台となっていくと言えるのだ。
『人間的な、あまりに人間的な』』

想像力で、相手の気持ちを考えることは大事です。
想像ができないだけで、思わぬところで人に無理をさせてしまったり、
あるいは、傷つけてしまう事だってあるかもしれないです。
勉強して知識をつけることで、想像力も鍛えられます。
こういう状況だったら、この人はこういう気持ちなんだろうな、と。
想像ができるだけで、思いやれる人になります。
想像力は優しさとも言えるでしょう。
知識や経験を積み重ねて、想像力を鍛えることも大切ですが、
想像する癖もつけたほうがいいでしょう。
相手の気持ちになって考えるとは、よく言われることですが、

この人がこういう状況だったらどう思うか?

そう考える癖をつけることで、察しのいい人間になれるでしょう。
何の役にも立たなそうな事でも、思わぬアイデアに繋がったりすることがあります。
そういう意味で、思考材料を集めることはプラスになるのです。


真理の論拠
これが真理だということを、情熱の熱さで測るな。情熱がより大きい
からといって、それが真理だという証拠にはならない。しかし、そのよ
うに感じる人は少なくない。
また、歴史が長いから、伝統がどこよりも長いからということもまた、
真理が真理であることの論拠には決してならない。そのようなことを強
く主張する人は、場合によっては歴史を偽装したりすることがあるから
要注意だ。『曙光』』

これだけ思い入れがあるから、これは正しいことだ。
真理だ。
それは、思い込みに過ぎない可能性があります。
なぜなら、それがいくら好印象なことだからと言って、必ずしも正しいとは限らないのです。
詐欺も同じでしょう。
信頼できると思い込ませて、騙す。
良いとか、今までそうだったからとかは、信じれるかの判断基準にはなりません。
信じれるかの判断基準は、自分の知識と経験による冷静な判断です。
正しいか、正しくないかは自分で決めることではありますが、
時には、それが本当に正しいことなのか疑ってみることも必要でしょう。
今までの常識。
それは、本当に自分たちを豊かにするものなのか
礼儀も大切ですが、
礼儀だ礼儀と言って、無駄なことにまで必要以上に手間をかけている人がいるようにも見えます。
それは、本当に礼儀でしょうか。
効率を悪くするものは、礼儀だと私は思いません。
それは、ただの時間ロスであり、それこそお互いにとってよくないことなのではないでしょうか。
多くの人が、今までの常識に固執しています。
それはなぜか。
現状にしがみついているほうが楽だからです。
いや、正確には、楽だと思い込んでいるからです。
余計な常識は見直して、効率の良い方法にシフトしていった方が、
良い意味で手抜きができるし、そっちの方が圧倒的に楽で何倍も良い成果が出る
のです。


読書をすることで知性は磨けます。
行動することで、それを知恵に変えていって強化していきましょう
“知”は人を優しくし、本質を捉える目を輝かせてくれるでしょう。 ブログランキングに参加中です。
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Category: ライフハック
Published on: Fri,  10 2017 23:05
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